東京地方裁判所 平成2年(ワ)3582号 判決 1991年8月28日
本訴原告(反訴被告)
中根敏樹
外三名
右四名訴訟代理人弁護士
白石光征
本訴被告(反訴原告)
鈴木弘
主文
一 本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)中根敏樹に対し金九三万四〇〇〇円、同中根喜代子に対し金五〇万円、本訴原告中根英孝、同中根道子に対し各金二〇万円及びこれらに対する平成二年四月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 本訴原告(反訴被告)中根敏樹、本訴原告中根英孝、同中根道子のその余の請求を棄却する。
三 本訴被告(反訴原告)の反訴請求を却下する。
四 訴訟費用は、本訴について生じた部分についてはこれを五分し、その三を本訴被告(反訴原告)の負担とし、その余を本訴原告(反訴被告)中根敏樹、本訴原告中根英孝、同中根道子の負担とし、反訴について生じた部分は本訴被告(反訴原告)の負担とする。
五 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(本訴)
1 本訴被告(反訴原告、以下「被告」という。)は、本訴原告(反訴被告)中根敏樹(以下「原告敏樹」という。)に対し金一四三万四〇〇〇円、同中根喜代子(以下「原告喜代子」という。)、本訴原告中根英孝(以下「原告英孝」という。)、同中根道子(以下「原告道子」という。)に対し各金五〇万円及びこれらに対する平成二年四月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(反訴)
一 請求の趣旨
1 原告敏樹及び同喜代子は、被告に対し、各自一八九万二九六〇円及びこれに対する平成三年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告敏樹は、別紙物件目録二ないし四記載の建物(以下「本件各建物」という。)を収去して同目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を明け渡せ。
3 訴訟費用は原告敏樹及び同喜代子の負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
(本訴)
一 請求原因
1(一) 原告敏樹は、昭和五七年七月一八日に開始した相続により別紙物件目録二、四記載の建物の所有権を取得し、また、昭和三三年一〇月に同目録三記載の建物を建築してその所有権を取得した。
(二) 原告喜代子は原告敏樹の妻、原告英孝は原告敏樹の二男、原告道子は原告敏樹の妹であるところ、原告らは、被告が2項記載の行為をした当時、別紙物件目録二、三記載の建物(以下「本件居住建物」という。)に居住していた。
2 被告は、
(一) 平成元年一月三一日、本件居住建物の庇を下から突き上げるようにして損壊した。
(二) 同年二月三日、本件居住建物の北側外壁に油性スプレー(青色)で「不法違反建築収去セヨ 通路敷所有者」と大きく落書きした。
(三) 右同日、本件居住建物の西側にあるトタン塀に油性スプレー(赤色)で「通行ニ邪マ」と大きく落書きし、かつ、裏木戸に約五本の釘を打ちつけて右裏木戸が開かないようにした。
(四) 同年二月四日、右裏木戸に「中根及ビ其ノ関係人ノ通路通行ヲ禁ズル」旨の大きな貼り紙をし、裏木戸を打ちつけた釘を原告敏樹が引き抜くと、被告はまた打ちつけた。こういう繰り返しが二、三日の間に五回ほど繰り返された。
(五) 同年二月七日、本件居住建物の東側と北側にある一般公衆用道路(東側は区道、北側は私道)の四か所に油性スプレー(赤色と青色)で「通行妨害 中根及ビ関係者ノ通行禁止」と大書、落書きした。
そのとき、前記トタン塀の落書きを青のスプレーでなぞった。
(六) 同年二月一四日、薄くなった右東側区道上の各落書きの上をさらに赤のスプレーで強くなぞった。
(七) 同年二月二三日、今度は黄色のスプレーで右の各落書きをなぞった。
(八) 同年三月九日、北区役所道路管理課が三月三日に右落書きを消した隣に再び油性スプレー(黄色)で、「通行妨害中根通行禁止」と大書、落書きした。
3 前記の(一)の庇の補修と、(二)の外壁の補修に要する費用は四三万四〇〇〇円であり、原告敏樹は、前項の(一)、(二)の不法行為により、右同額の損害を被った。
4 前項の(二)ないし(八)は、原告らの人格権、社会的名誉を著しく侵害する不法行為であり、右不法行為により原告らが被った精神的苦痛を慰謝するには、世帯主である原告敏樹に対しては一〇〇万円、その他の世帯員である原告らに対しては各自五〇万円が支払われるべきである。
5 よって、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、原告敏樹は一四三万五〇〇〇円、その余の原告らは各自五〇万円の支払と、いずれも訴状送達の日の翌日である平成二年四月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因事実はすべて否認する。被告の行為は、通路及び私道の所有権及び管理権に基づく正当な行為であって、正当防衛行為でもある。
(反訴)
一 請求原因
1 不法行為
原告敏樹及び同喜代子は、訴外北区借地借家人組合(組合長関根繁雄)らと共謀の上、別表記載の見出しの付いたビラを作成して、これを別表記載のとおり頒布し、もって公然事実を摘示して被告の名誉、信用を毀損し、また侮辱した。
右各ビラには、被告が原告敏樹に対して横暴な要求と行為をしている旨記載されているところ、右各ビラが殊更に不特定多数の者に閲読されるよう頒布されたため、被告は、精神的苦痛を被り信用を失墜した。その損害を金銭に評価すると、一八九万二九六〇円を下らない。
2 賃貸借契約の終了
(一) 被告の先々代鈴木市郎は、原告敏樹の先々代中根長治に対し、大正一三年六月一五日、本件土地を、賃料月額一五円で賃貸した(以下「本件賃貸借契約」という。)。
その後、賃貸人の地位は被告に、賃借人の地位は原告敏樹にそれぞれ承継された。原告敏樹は、本件土地上に本件各建物を所有している。
(二) 1項の行為は重大な背信行為であり、被告、原告敏樹間における信頼関係は右行為により破壊されるに至ったから、本件賃貸借契約は当然に解除されたものである。仮に、そうでないとしても、被告は、原告敏樹に対し、平成三年四月二三日に送達された本件反訴状で、右信頼関係の破壊を理由に、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
3 よって、被告は、原告敏樹及び同喜代子に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、各自一八九万二九六〇円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成三年四月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告敏樹に対し、本件賃貸借契約の終了に基づき、本件各建物を収去して本件土地を明け渡すことを求める。
二 被告の本案前の主張
反訴請求は、本訴との牽連性がないから却下されるべきである。
第三 証拠<省略>
理由
第一本訴請求について
一<証拠>によれば請求原因1(一)の事実を、<証拠>によれば同1(二)の事実をそれぞれ認めることができる。
二<証拠>によれば、請求原因2の各事実を認めることができる(<証拠>)。
三請求原因3について検討するに、請求原因2(一)、(二)の行為が本件居住建物についての原告敏樹の所有権を侵害する不法行為であることは明らかであるところ、<証拠>によれば、本件居住建物の庇及び北側外壁の補修に要する費用は、四三万四〇〇〇円であることが認められるから、被告は、原告敏樹に対し、右金額を賠償すべき義務があるというべきである。
四請求原因4について検討するに、二項で認定した請求原因2の(二)ないし(八)の被告の行為内容や、本件居住建物の北側と東側の道路は、王子駅への近道となっていてかなりの人通りがある場所であることから、本件居住建物や右道路になされた落書きは、多くの人の目に触れることになるとの事実(右事実は、原告敏樹本人尋問の結果により認められる。)に照らせば、被告の右各行為は、原告らの人格権を侵害する不法行為に該当するというべきである。そして、<証拠>によれば、本件居住建物に住む原告らは、被告の右不法行為により精神的苦痛を被ったことが認められ、右苦痛を慰謝する金額としては、不法行為の態様、場所その他諸般の事情に照らすと、原告敏樹及び同喜代子が各五〇万円、原告英孝及び同道子が各二〇万円と認めるのが相当である。
(別表)
番号
ビラの見出し
年月日
頒布部数
頒布地域
1
鈴木地主の暴力を糾弾する
元・二・六、七ころ
約一〇〇〇
北区滝野川一丁目
2
壁にスプレーそれは悪質不動産と同じ手口
元・二・一四ころ
同右
同右
3
地主鈴木弘の狙う
元・二・二三ころ
同右
同右
4
鈴木弘地主に質問する
元・三・六ころ
同右
同右
5
他人の家の庇を壊す前代未聞の地主家の壁に
ペンキで悪口
元・三・二四ころ
同右
同右
6
地主は超法律的存在か
不明
同右
同右
7
鈴木地主の暴力を糾弾する
元・二・一六ころ
二枚とじ約五〇部
世田谷区砧二丁目
四丁目
壁にスプレーそれは悪質不動産と同じ手口
8
地主鈴木弘の狙う
元・二・二六ころ
約五〇
同右
9
鈴木弘地主に質問する
元・三・九ころ
同右
同右
10
他人の家の庇を壊す前代未聞の地主家の壁に
ペンキで悪口
元・七・三〇ころ
三枚とじ約五〇部
同右
地主は超法律的存在か
壁にスプレーそれは悪質不動産と同じ手口
元・八・一ころ
同右
同右
五請求原因2の(一)ないし(八)の行為につき、正当防衛等の違法性阻却事由があることを認めるに足りる証拠はない。
第二反訴請求について
反訴請求は、原告敏樹及び同喜代子が、訴外北区借地借家人組合(組合長)らと共謀して別表記載の見出しの付いたビラを作成し、頒布し、被告の名誉を毀損し、かつ、被告、原告敏樹間における信頼関係を破壊したとの主張を骨子とするものであるところ、右反訴請求においては、右共謀によりビラを作成、頒布したとの事実が認められるか否か、ビラの記載内容が被告の名誉を毀損し、右信頼関係を破壊したといえるか否かが主な審理対象となることが本件記録から窺えるのであって、これが本訴の目的となっている請求やその防御方法に牽連するものでないことは、本訴請求の主な審理対象が、本訴請求原因2の事実(本件居住建物の一部の損壊、スプレーでの落書き等)の存否とその違法性の有無であることに照らし、明らかである。
よって、反訴請求は、本訴請求との牽連性を欠くものというべきである。
第三結論
よって、本訴請求については、不法行為による損害賠償請求権に基づき、原告敏樹については慰謝料等九三万四〇〇〇円、原告喜代子については慰謝料五〇万円、原告英孝、同道子については慰謝料各二〇万円及びこれらに対する不法行為の後である平成二年四月一一日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、反訴請求については、不適法としてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官山田俊雄)
別紙物件目録<省略>